『 年賀状 』

 28, 2012 20:00
恩師から、今年は年賀状が届かなかった。

入院でもされたのだろうか。


先日、郷里近くで会合があった。

乗合バスでコトコト。

少し足を伸ばして、

一人暮らしをされている恩師のお宅を訪ねたが、お留守の様子。

心配になって、

ご近所の方に尋ねると、

昨年暮れにお亡くなりになったとのこと。


小学4年生の担任。

今、思うと

要らなくなった?読み古しの児童文学書を頂いたり、

放課後残って、壁新聞を作っていると、

職員室にあったからと、

ポエム ( 美味しい和菓子、 今でも一番好きなお菓子かも知れない ) を

一個、教室に持ってきてもらったり・・・。

私の何処をどう気に入って頂いていたのかは、分からないが

なんとなく、目を掛けて頂いたような気がする。


小学校を卒業してからは、お会いすることもなかった。

ただ、

「 中学校を卒業しました 」、 「 大学に入りました 」、 「 就職しました 」、 「 結婚しました 」、

「 子供が生まれました 」、 「 子供が小学校に入学しました 」・・・。

そんな他愛もない報告だけだったが、

年賀状だけは、40数年欠かしたことがなかった。


恩師からも、一年遅れにはなったが、

その報告に対する御祝いが、いつも書かれていた。


それが、一昨年の年賀状はこれまでとは違っていた。

新年の挨拶に一言、添えられていたのは

「 一度、○○君 ( 私 ) の顔が見たい 」。


ちょうど、一昨年の今ごろ。

初めて出席した先日と同じ会合の後、

夕方になったが、恩師を訪ねた。

40数年ぶりにお会いする恩師は、歳はお取りになってはいるが、昔と変わらない。

一方、私の方は子供から随分変わっている。

名前を告げても

分からないご様子。


土産と一緒に名刺を手渡すと

しげしげと私の顔と名刺を交互に見ながら、 「 本当だ。 ○○君だ 」。


最終のバスに乗るため、

30分ほどしか、話すことが出来なかったが

別れを惜しみながら、次は家内と一緒に訪ねることを約束した。

昨年の年賀状には、

私と会えてとても嬉しかったことを、小さな字で添えられていたことは言うまでもない。

家内と一緒に訪ねるという約束は叶わなかったが

白髪交じりの私の顔を見ながら

「 立派になって 」 と、嬉しそうに微笑まれたお顔は、決して忘れない。


ご冥福をお祈り致します。


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