『 鬼ノ城 』 ~ 新お城巡り (18) ~

 28, 2014 15:42
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鬼ノ城 には、到る処に大きな岩がある。


古代の人々がどうやって運び積み上げたのだろう。

人間業とは思えない。

やっぱり鬼の仕業か。


そんなことを考えながら

すり鉢を伏せたような鬼城山 ( 標高約400m ) の八合目から九合目にかけて、

鉢巻状に築かれた城壁約2.8kmを家内と一周してみました。



鬼ノ城1

備中高松城址を後にして、国道180号線から総社・一宮バイパスへ。

突き当たりを右に曲がり、砂川公園を過ぎると山へ登る道が二股に分かれる。

そこから、右側の狭い道路を2㎞程走ると

やっと、鬼ノ城ビジターセンターの駐車場に着く。


鬼ノ城といえば、桃太郎の鬼退治を思い浮かべるが、温羅伝承と呼ばれる説話がある。


総社市観光ガイドによると
鬼ノ城縁起に百済の王子で名を 温羅 ( うら ) という百済の王子が備中国の新山 ( にいやま ) に居城を
構え、西国から都へ送る物資を奪ったり、婦女子を掠奪した。
人々は恐れおののいて 「 鬼ノ城 」 と呼び、都へ行ってその暴状を訴えた・・・という記述がある。
これが、一般に温羅伝承と呼ばれる説話で、地名もこれに由来しているそうだ。

鬼ノ城2

鬼ノ城3

鬼ノ城4

鬼ノ城5

鬼ノ城6

鬼ノ城7

鬼ノ城8

鬼ノ城9

鬼ノ城10

板状の石を敷き詰めて通路状とした敷石や水路、要所には堅固な高い石垣を築いている。

鬼ノ城11

鬼ノ城12

663年の白村江 ( はくすきのえ ) の戦いで唐 ・ 新羅の連合軍に大敗した朝廷は唐・新羅の日本侵攻を
恐れ、北九州から瀬戸内沿岸、畿内にいたる国土防衛の施設を築いた。
鬼ノ城もそれらの一つとする考えが有力だという。

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