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『 一乗谷の庭園 』 ~ 新お城巡り (6) ~

 06, 2014 08:53
諏訪館跡庭園1


4つある日本庭園は 一乗谷朝倉氏庭園 の名称で国の特別名勝の指定を受けている。


館跡内の南方にある庭園、

その館跡を見下ろす位置にある湯殿跡庭園と館の北東の高台にある南陽寺跡庭園。

そして、諏訪館跡庭園 ( 写真上 )。


谷の奥、上城戸に一番近い位置にある諏訪館は、義景の夫人小少将の屋敷跡と伝えられている。


パンフレットによると

諏訪館跡庭園は4庭園の中で最大の回遊式林泉庭園。

専門過ぎて私には良く分かりませんが、

中心の4m余りの巨石は滝石組をなしており、

全体に水平感と垂直感を基本にして、安定感のある構成になっているのだそうだ。


諏訪館跡庭園
諏訪館跡庭園2

諏訪館は朝倉義景の夫人小少将の屋敷跡と伝えられる。
上下二段の構成で回遊式庭園、上段は滝石組と湧泉石組。
下段の滝副石は高さ4.13メートルも日本最大である。
滝副石の表面に心月寺十八世月泉和尚の筆により教景、貞景、孝景の法号を刻み供養している。

湯殿跡庭園
湯殿跡庭園

朝倉館跡の奥、山裾を少し登るとその館跡を見下ろす位置にある。
戦国気風がただよう荒々しくて勇壮な石組。
4つの庭園の中で最も古いものだと考えられている。

南陽寺跡庭園
南陽寺跡庭園1

南陽寺跡庭園2

南陽寺は朝倉一族が建立し、その後、三代貞景が再興したと伝えられる尼寺。
朝倉館の北東の高台にある。庭園の一部が残っている。
永禄11年(1568年)春、この庭園で朝倉義景が足利義秋 ( のちの15代将軍義昭 ) を招いて宴、
歌会を催した。
その時に二人が詠んだ歌の碑が建てられている。

歌の碑

「 もろともに月も忘るな糸桜 年の緒長き契と思はゞ 」 義秋
「 君が代の時にあひあふ糸桜 いともかしこきけふのことの葉 」 義景

朝倉館 ( 義景館 ) 跡庭園
朝倉館(義景館)跡庭園

館跡内の南方にある庭園。完全に埋没していたが、昭和43年に発掘された。

館跡東の山を登ると、 一乗谷城跡 がある。
当初、この山城にも登ってみたいと思っていたが、天候も悪くまた、時間もなくなったので断念。

中の御殿跡
中の御殿跡1

中の御殿跡2

中の御殿跡3

義景の実母・光德院の屋敷跡と伝えられている。
虎口の石垣が綺麗、山手の高い土塁は展望台となっている。

一乗谷駅1-1一乗谷駅1-2

一乗谷駅2

一乗谷駅3

帰りは九頭竜線の愛称で知られるJR越美北線、シンプルな一乗谷駅から
可愛いワンマン列車に乗って福井駅までコトコト。寒い一日でした。

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