スポンサーサイト

 --, -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『 一乗谷 』 ~ 新お城巡り (4) ~

 31, 2014 19:15
上城戸1


一乗谷は南北に城戸を設けている。


京に近い方、

大きな土塁が残る南側を 上城戸 ( かみきど )、

巨石を積んだ枡形の虎口がみられる北側を 下城戸 ( しもきど )。

その間の約1.7㎞ほどを 「 城戸ノ内 」 と呼んでいる。


一乗谷朝倉氏は孝景 ( 敏景 ) を初代とし、氏景、貞景、孝景、義景と5代103年間、

北の京として繁栄する。

1573年、信長軍侵攻により、朝倉氏が滅亡、

一乗谷城下町が灰燼に帰してから、約400年後・・・。

発掘調査で朝倉館、規則的に並ぶ武家屋敷や町屋跡など遺構や遺物が出土。

日本のポンペイ ” とも呼ばれ、一部建物群が復元されている。


3月下旬とは思われない霙まじりの寒い朝、

福井駅前8時ちょうど発の京福バスに揺られ、コトコト30分ほどで一乗谷川沿い、

人懐こい黒猫が迎えてくれた

城戸ノ内の復元町並み武家屋敷前で下車。


一乗谷川上流側の谷間が狭くなったところにある上城戸から

下城戸の枡形虎口まで、ゆっくりと見て廻りました。


いつものように、家内の後を追って・・・。


上城戸
上城戸2

上城戸3、

上城戸4

長さ105メートル、高さ5メートルの土塁と外側に空堀を備えて、敵の侵入を防ぐ構えだ。
空堀は歳月で埋もれ、浅くなったものか、
それとも最初からそうなのかわからないが、何れにしても浅い。
それに反して、土塁はかなり立派で目を惹く。

復元地区
復元地区1

復元地区2

某携帯電話会社の白戸家 ( ほわいとけ ) の撮影があったのはここら辺りでしょうか

復元地区3

復元地区4

一乗谷川の西側は復元地区となっている。
南北に道路を走らせ武家屋敷、染め物屋や数珠屋等の町屋がある。
井戸が非常に多いことに驚く。

下城戸
下城戸1

下城戸2

下城戸3

谷の入り口にある下城戸の桝形虎口。
一石が50トンほどもある巨石を2、3段程度積み上げた石垣。
長さ15メートル高さ4・5メートルの土塁と、外側に幅10メートル深さ3メートルの水掘もある。

黒猫のお迎え

武家屋敷前でバスを降りると、寒い中、この黒い猫が寄ってきて少しの間、
一乗谷川沿いを道案内をしてくれました。とても不思議でした。

関連記事
スポンサーサイト

COMMENT - 0

WHAT'S NEW?

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。