『 矢切の渡しも・・・ 』

 30, 2013 10:01
矢切の渡し


柴又・帝釈天沿いの道を東に少し歩くと江戸川の河川敷に出ます。

そこに江戸時代初期、

地元住人専用に幕府が設けた渡し場のうちのひとつ、 矢切の渡し が残っています。

都内に残っている渡しはここだけとのこと。


数年前、家内が一人で訪れた時、

手漕ぎの和船で川を渡ったと聞いていましたので、私も、と訪れてみたのですが・・・。

雨で水嵩が増したのか、運行してないですね。


雷門の提灯、東京スカイツリー、そして矢切の渡し・・・。

悉く、残念です。


でも、柴又駅の寅さん像や帝釈天の素晴らしい彫刻も観ることが出来ましたから

良しとしましょう。


フーテンの寅像

フーテンの寅 」 像。旅立つ寅次郎が妹さくらを振り返る姿を表しているそうだ。
銅像が建つ柴又駅は関東の駅100選に選ばれている。

帝釈天1

帝釈天2

帝釈天3

柴又帝釈天 ( 題経寺 ) 。 本堂の廻りの彫刻が素晴らしいお寺です。

帝釈天参道

帝釈天参道 、京成柴又駅から帝釈天まで約200mの参道が続く。

矢切の渡し : 元和2年 ( 1616 )、 幕府は利根川水系河川の街道筋の重要地点15カ所を
定船場として指定、それ以外の地点での渡河を禁止しました。その一つが矢切の渡し。
この付近を通る国分道に架かる渡しで、主に近隣の農民が対岸の農耕地へ渡るために利用し
ていました。
現在、都内に残る唯一の渡し場で、今も昔ながらの手漕ぎの和船が対岸の松戸市下矢切との
間を往復しています。(柴又公園の案内板より)
伊藤左千夫の名作・野菊の墓の舞台となり、ヒット曲・矢切の渡しを生んだ地として有名です。

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COMMENT 2

Mon
2013.09.30
20:40

ebatom #zBQub69g

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なんか、不運が重なってしまったようで、申し訳ありません。(笑)
これに懲りずにまた東京へいらしてくださいね。
お目に掛れる日を楽しみにしています。

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Wed
2013.10.02
20:21

nori #iAqHXQpI

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ebatomさん、こんばんは。

はい。
根津の居酒屋さんまで、乗り継いで行けましたので、
東京の電車に少し自信がつきました(笑)。
多分、ebatomさんとこにも行けると思います。

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