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安土城1


安土城天主跡にある説明文 ( 滋賀県教育委員会城郭調査担当 ) によると

天主は完成してから僅か三年後の天正10年 ( 1582 ) 6月に焼失。

その後は訪れる者もなく

永く瓦礫と草木の下に埋もれていた。


初めて調査が入ったのは、 昭和15年 ( 1940 )。

厚い堆積土を除くと礎石 ( 上の写真 ) が現れたという。


安土城天主は記録から地上六階、地下一階の当時としては高層の大建築だった。

礎石の現れたところが、地下一階部分になるが

天守台の広さは、これよりはるかに大きく二倍半近くもあった。


安土城2

安土城3

安土城4

大手門口から天主跡までの途中、二の丸跡にある信長公御廟。

安土城5

安土城6

安土城7

安土城8

安土城9

当時の遺構といわれている仁王門と三重塔が、現在 城山の中腹に所在する摠見寺の境内に残っている。

信長の館1

信長の館2

信長の館3

信長の館に色々な資料とともに復元天主が展示されている。

2012‎年‎11月‎23‎日登城

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石仏1


安土城の石段は

信長が攻略した観音寺城本丸に至る石段によく似ています。

信長は安土城築城にあたり、六角氏の総石垣を取り入れたのかも知れない。


両脇の秀吉や利家の屋敷跡だと伝わる曲輪を観ながら

立派な大手の石段を登っていると

何箇所か、小銭が置かれている石段があります。

何だろう?

近づいてみると、かなり風化はしていますが・・・。


石仏 」 ですね。


信長らしいと言えばそれまでなのですが、諸説は色々あるようです。

手を合わせた後、

そこを踏まないよう、家内と登っていきました。



大手道1

大手道2

大手道3

自転車を置いて、大手道に向かうと幅の広い一直線に延びる石段に驚かされる。

石仏2

石仏3

風化していますが、石仏だと分かります。 発掘された人はさぞビックリされたでしょう。

羽柴邸

前田邸

大手道の両脇には家臣の屋敷跡が並ぶ。伝前田利家邸と伝羽柴秀吉邸が向かい合っている。
両邸ともほぼ共通した建物で構成されていたが、その配置は大きく違ったらしい。
写真は羽柴邸、前田邸と伝わる屋敷跡の枡形。

本丸へ登る石段1

本丸へ登る石段2

本丸に続く石段は、雨のなか午前中に登った観音寺城の石段によく似ている。

2012‎年‎11月‎23‎日登城 ・ 安土城のアップが随分、遅くなりました )

この2,3週間、出張等で忙しくしていました。

昨夜、久しぶりにのんびり好きな 「 続 ・ 最後から二番目の恋 」 を赴任先で観ていると

携帯にメール。


「 今日は私の誕生日なのですが、 出てこられませんか? 」

行きつけの店の子から。


そういえば、随分、覗いていない。


いつもの営業だろう、と思いながら

「 誕生日なんて嘘だろ。 また、この次に覗くよ 」 と返信。


すると直ぐ、呼び出し音。


「 私、本当に誕生日なんです。 会いたい 」

「 今、 最後から二番目の恋 をみてるから・・・ 」

と言うと、


今にも泣き出しそうな小さな声で

「 私と ( 最後から二番目の恋 ) をして ・ ・ ・ 」 。





と、 お昼前、

私の事務所を訪ねてきた同じ単身赴任の友人が

濃いめの珈琲を飲みながら、 二日酔いの顔で話してました。


最後から二番目

続 ・ 最後から二番目の恋 ( テレビ画像から )。

南楽園 花菖蒲まつり



母が花菖蒲を観たいというので

県南の南楽園へ、家内と三人で出掛けてきました。


ちょうど、 花菖蒲まつり の最中。


初夏の園に、今を盛りと二十五万本の花菖蒲が咲き競っていました。

種類の違う菖蒲に母も家内も、とても満足そうでした。


南楽園花菖蒲1

南楽園花菖蒲2

南楽園花菖蒲3

南楽園1 南楽園2

園内の池に架かる橋の擬宝珠を撫でると幸せになれるのだそう。

南楽園 : 総面積153,322平方メートルの庭園は上池・下池二つの池を中心に
現代造園技術の粋を集めて築いた四国最大規模の日本庭園。
平成元年に 「 日本の都市公園100選 」 に選ばれました。
池の周囲を歩いて観賞できる池泉回遊式日本庭園で 「 山、里、町、海 」 の
景観を構成している。 ( 南楽園ホームページから抜粋 )

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