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家内の好きなシリーズ 「 相棒 」 の映画を観に隣町まで。


どちらかが50歳以上だと二人で二千円。

夫婦50割引で時々二人で出掛けます。

席を選んで、支払おうとすると

「 二千二百円です! 」


消費税が上がったから

映画代も上がったのですね ( 笑 )。


これから観る人のために、あえて映画の中身は書きませんが

絶海の孤島での特命係の活躍

そして、

最後のシーンでは、少し、現在のきな臭い世情も反映されていてなかなか、面白い。


「 相棒 - 劇場版III 」 のポストカード。

劇場で戴いた 「 相棒 - 劇場版III 」 のポストカード。

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お刺身



ほんの少し年下の友人が、昇格したというので

そのお祝いを兼ねて高松まで。



「 僕は上がらなかったから、 ( 友人が偉くなったことは ) 自分のことのように嬉しい 」

と言うと


「 身体がえらいだけで・・・ 」 と、 顔を真っ赤にしてました。



高松料理1

高松料理2

高松料理3高松料理4

高松料理5

高松料理6


松山から高松までの間

車窓から、松山城、川之江城、丸亀城が見えます。

高松が近くなって、丸亀城が見えてくると、なんとなくホッとします。


高松料理7

天秤櫓1


「 これがそうね! 」

家内が嬉しそうに、石垣にある窪みの写真を撮影している。


踊っているひこにゃん横目で見ながら

表門から坂道を登りつめたところにある 天秤 ( てんびん )

その櫓に渡る 廊下橋 は今は固定されているが、

建築当時は有事の際、敵の本丸への進入を阻止するため、橋脚を切り落とす 落とし橋 だったとのこと。


「 当時、 橋脚を支えた跡が石垣に残っていますよ 」 と

旧池田屋敷長屋門のボランティアガイドさんから、教えて頂いた。


ここ天秤櫓の大堀切と登り石垣のある西の丸の三重櫓外の大堀切で

正面からと搦め手から本丸への敵の侵入を防ぐ構えだ。

設計者の工夫が良く分かる。

また、この櫓の下に築かれている高い石垣は、右側が築城当時の 牛蒡積 ( ごぼうづみ ) 。

左側が江戸後期に改修された落とし積みとなっている。


天 守
彦根天守1

彦根天守2

彦根天守3

牛蒡 ( ごぼう ) 積と呼ばれる石垣の上に三重の天守がそびえている。 国宝。
破風の組み合わせがとても綺麗。

彦根天守4彦根天守5

天守には二階東、西、それに三階南、北側に計四箇所の隠し部屋がある。
また、75箇所の矢狭間、鉄砲狭間を配置している。

彦根天守6

本丸側から西の丸方向を撮影。

天秤櫓
天秤櫓2

天秤櫓下の石垣に橋脚を支えた窪みがある。

天秤櫓3

本丸側から、石垣奥は天秤櫓。

二の丸佐和口多聞櫓
佐和口多聞櫓1

佐和口多聞櫓2

佐和口多聞櫓3

佐和口に向かって左翼に伸びる白壁の櫓。
明治4年に火災で類焼、明治6年から8年にかけて再建された。

踊るひこにゃん

表御殿で踊る ひこにゃん 。 時間がないので横目でチラリだけ ( 泣 )。

東側から彦根城

鉢巻き石垣と腰巻き石垣

東側からの彦根城と大手門近くの 鉢巻き石垣腰巻き石垣

西の丸下1


「 おかあさん、 あれっ、 そうじゃない 」


本丸広場展望所から、下を覗くと、細長く石垣が続いている。

後から来た家内も

身を乗り出すように 「 多分そうね 」



彦根城を訪れたのは、二度目になる。

といっても、

前回訪れたのは、家内のお供で廻った観音寺城や安土城の帰りに彦根で一泊。

その継いでに夕方、堀端を少し廻っただけで

天主にも登っていなかった。


その一年前に家内は、一人で彦根城を訪れてじっくりと見ている。

ひこにゃんを見たいと思っている私とは違い

今回は5箇所あるという 登り石垣 を見たいと話していた。


開国記念館のスタッフの方は、

「 草が茂っていますので、大手門と表門の二カ所しか分からないかも知れません 」 と説明されましたが、

それ以外の本丸下と西の丸三重櫓下 ( 上の写真 ) の登り石垣も確認できた。

( 松山城の登り石垣に比べると、どれも低いように思われる )


帰りの便が決まっていたので

「 時間があれば、 もう一カ所も確認できたのに・・・ 」 と家内が少し残念そう。



本丸案内板

本丸広場にある案内板には、五箇所の登り石垣が書き込まれている。

表門近くの登り石垣
表門近く

大手門近くの登り石垣
大手門近く

西の丸三重櫓下
西の丸下2

西の丸下3

本丸下
本丸下

登り石垣 : 彦根城には全国的にも珍しい登り石垣が、5ヶ所に築かれています。
豊臣秀吉が晩年に行った朝鮮侵略の際、朝鮮各地で日本軍が築いた 倭城 ( わじょう )に顕著に見られる。
高さ1~2mの石垣が山の斜面を登るように築かれています。
斜面を移動する敵の動きを阻止する目的で築かれました。
国内では彦根城の他には、 洲本城 ( 兵庫県 ) や 松山城 ( 愛媛県 ) などにしか見ることができません。
彦根城では、この登り石垣の上にさらに瓦塀が築かれていたようです。
彦根城は、このような大堀切や登り石垣が、櫓や門・堀などとも巧妙に連結して、
たいへん発達した軍事的防衛施設となっています。
              ( 彦根市のホームページより抜粋 )

旧池田屋敷長屋門
旧池田屋敷長屋門

旧池田屋敷長屋門のボランティアガイドさんや開国記念館のスタッフの方に

登り石垣を色々と親切に教えて頂きました。

ありがとうございます。

家内ばかりが専門的なことを質問していましたので、 「 私はカメラマンでお供なのです 」

と言うと、ガイドさんが笑っていました。


先程、キッチンから呼ぶ家内の声。

「 なに? 」

「 おとうさん、 昨日の、 環水平方向の虹 なんですって! 」


九時前のNHK第一放送の天気予報で言っていたとのこと。

天気の崩れる前に希に見られる現象、昨日は各地で確認されたらしい。


ネットを見ると

各地の画像がアップされている。

松山では午前11時頃でしたが、東京では12時過ぎ。

現れた時間もまちまち。


環水平アーク 」 というハイカラなネーミングがついていました ( 笑 )。



環水平方向の虹

昨日午前、実家に行く途中に見た現象。やっと正体が分かりました。

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