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上城戸1


一乗谷は南北に城戸を設けている。


京に近い方、

大きな土塁が残る南側を 上城戸 ( かみきど )、

巨石を積んだ枡形の虎口がみられる北側を 下城戸 ( しもきど )。

その間の約1.7㎞ほどを 「 城戸ノ内 」 と呼んでいる。


一乗谷朝倉氏は孝景 ( 敏景 ) を初代とし、氏景、貞景、孝景、義景と5代103年間、

北の京として繁栄する。

1573年、信長軍侵攻により、朝倉氏が滅亡、

一乗谷城下町が灰燼に帰してから、約400年後・・・。

発掘調査で朝倉館、規則的に並ぶ武家屋敷や町屋跡など遺構や遺物が出土。

日本のポンペイ ” とも呼ばれ、一部建物群が復元されている。


3月下旬とは思われない霙まじりの寒い朝、

福井駅前8時ちょうど発の京福バスに揺られ、コトコト30分ほどで一乗谷川沿い、

人懐こい黒猫が迎えてくれた

城戸ノ内の復元町並み武家屋敷前で下車。


一乗谷川上流側の谷間が狭くなったところにある上城戸から

下城戸の枡形虎口まで、ゆっくりと見て廻りました。


いつものように、家内の後を追って・・・。


上城戸
上城戸2

上城戸3、

上城戸4

長さ105メートル、高さ5メートルの土塁と外側に空堀を備えて、敵の侵入を防ぐ構えだ。
空堀は歳月で埋もれ、浅くなったものか、
それとも最初からそうなのかわからないが、何れにしても浅い。
それに反して、土塁はかなり立派で目を惹く。

復元地区
復元地区1

復元地区2

某携帯電話会社の白戸家 ( ほわいとけ ) の撮影があったのはここら辺りでしょうか

復元地区3

復元地区4

一乗谷川の西側は復元地区となっている。
南北に道路を走らせ武家屋敷、染め物屋や数珠屋等の町屋がある。
井戸が非常に多いことに驚く。

下城戸
下城戸1

下城戸2

下城戸3

谷の入り口にある下城戸の桝形虎口。
一石が50トンほどもある巨石を2、3段程度積み上げた石垣。
長さ15メートル高さ4・5メートルの土塁と、外側に幅10メートル深さ3メートルの水掘もある。

黒猫のお迎え

武家屋敷前でバスを降りると、寒い中、この黒い猫が寄ってきて少しの間、
一乗谷川沿いを道案内をしてくれました。とても不思議でした。

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ふきのとうの天ぷら1



お昼前、家内が

ふきのとうの天ぷら を揚げています。

これ、どうしたの?

と聞くと

友人から戴いたとのこと。



一乗谷に行かなくても、此方でも、久万高原などでたくさん採れるらしい ( 笑 )。

ほんの少し苦みのあるとても美味しい天ぷらでした。



hukinotounotennpura2



syokupann1


久しぶりに

家内がパンを焼くというので

今日のお昼は レーズン入りの食パン になりました。


古いパン焼き器ですから、生地を作ってから焼き上がるまで4時間・・・。

芳ばしい香りがしてきました。



「 たまには、こんなお昼ご飯もいいよね 」

「 そうだね! 」



syokupann2

syokupann3

美味しい レーズン入り食パン が出来上がりました。

P104064つばき


昨日は実家の近くで所用。

母の手料理を食べて、泊まりました。


朝、出掛けに母が、

「 庭の椿が白い花をつけた。 いつもは赤なのに・・・ 」 と、怪訝そうにぽつり。

見ると、

本当に白い花ですね。

赤い花は毎年、見慣れていますが、色が変わるなんてちょっと驚きです。


「 何か良いことがあるんじゃない! 」

と言うと、


ちょっぴり嬉しそうに

「 そうかね! 」


P104064大洲城の桜

大洲城の廻りの桜が咲き始めました。 肱川の河原には菜の花です。

ふきのとう2


北陸出張の帰り

三連休も重なりましたので

次男のいる大阪まで来ていた家内と福井で合流。


霙まじりのなか、

一乗谷や丸岡城等を一緒に廻ってきました。


足元の悪い一乗谷の曲輪を歩いていると、家内が ふきのとう の群生を見つけました。

よく見ると、至る所にありますね。

写真では見たことがありますが、実物を見るのは生まれて初めてかも知れない。


ふきのとう と聞くと

なんとなく淡い気持ちになるのは、同名のフォークデュオがいたからでしょうか。


でも、もう少し早ければ美味しい天ぷらになりそう ( 笑 )。



ふきのとう2

ふきのとう群生

此方、愛媛ではふきのとうの群生なんて、見たことありませんから、感激。

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