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ピザ風玉子焼き

「 へェ~、今日のお昼はピザ? 」

「 食べてみて 」


「 どう? 」

なんか、初めての食感・・・。

「 ふわふわしてるけど、美味しいよ 」

「 良かったぁ! 」


溶きタマゴの中にご飯を入れてフライパンで焼き、ピザ風にしたとのこと。

結構、美味しいかも知れない。



ご飯入りピザ風


昨日は予約していた一日ドック入り。

大腸カメラ検査のため、数人が並んで2リットルの下剤を飲んでいると
最初に飲み終わったのは私。
すると、看護婦さんが笑いながら
「 一等賞ですね 」
なんとなく、その表現が可笑しくて
それまでの緊張が解れました。

大腸の方は、ポリープが一個。
画面を見ながら、説明と一緒に医師が採ってくれました。
胃の方も特に問題はありませんとのこと。

まだまだ働けそうです ( 笑 )。



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事務所のドアが開いて

お隣の友人がビニール袋を片手にひょっこり。

「 日振島から、いりこ が届いたけど、いる? 」

「 いるよ。ありがとう 」


毎年いつも決まって今頃、持ってきてくれます。

出汁をとると美味しいのだけれど

私はこのまま口に入れて、もぐもぐっと。

つい、

“ つまみ感覚 ” で・・・。


週末、帰宅する頃には半分以上無くなっていますから

家内にいつも叱られます ( 笑 )。


宇和海に浮かぶ日振島は、

江戸時代からイワシがたくさん採れた島。

歴史的には、承平天慶の乱と呼ばれた藤原純友の乱で有名でしょうか。

いりこを頬張りながら、

歴史の授業を思い出しました。


いりこ




徳島城跡の 舌石

現在はJR用地となっている寺島川沿いの石垣に残っている。

この舌石は、石垣を登る敵に対して鉄砲を撃ちかける防護施設 ・ 折れ曲がり塀

支えた石らしいが、

その折れ曲がり塀がどのような形状だったのかは、

分からないのだそうだ。


徳島城博物館の冊子 『 徳島城まるごと博物館 』 によると

塩蔵門から南東側に約31m~35m間隔で、6個確認されているとのこと。


この舌石は城山から降りて、帰りに見たのですが・・・。


本丸北の門跡の石段を降りて

右へ少し行った所にある石垣の継ぎ目を見ようとした時のこと。

結局、草が茂っていて近寄れずに断念。

その時、上を見ると石垣に突き出た木の “ 板 ” が一枚。


「 どうして、こんな所に板があるのだろうか? 」 と不思議に思いました。

先程、写真を整理していて、

拡大すると薄い石の板にも見えますね。

高知城などにある 石樋 ( いしどい )の一種かな?とも思います。

まさか、舌石ではないでしょうね???。

だとすると、

これも大発見ですね ( 笑 )。



旧寺島川
舌石2

JR用地となっている寺島川沿いの石垣には、舌石 が35m置きに残っている。

刻印石
舌石3

舌石4

大手の枡形。『 』 『 』 の文字や三角形もある。

北の門跡から本丸北東石垣
舌石5

舌石6

舌石7

( とばり ) 櫓跡と礎石
舌石8

舌石9

布積みの石垣
舌石10

舌石11

徳島市によると、徳島城の石垣は全て阿波の 青石 ( 結晶片岩 ) で築かれている。
独特の雰囲気と素敵な景観を形成している城山南西麓の美しい石垣。


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お城巡り(36) |   2010年06月13日 いい色掲載

徳島城1


「 おとうさん、 こっち! こっち! 」


家内が手招きする方へ、

なにも建造物が残っていない本丸広場を走っていくと、

崩れかけた石垣のなかに、 丸に卍紋 の瓦を見つけていました。


文字紋の一つ ・ 丸に卍紋 は、

阿波徳島藩 ・ 蜂須賀家の家紋です。

唯一、 鷲の門 ( 戦災で焼失 ) を除き

明治8年に徳島城の建造物が、ほとんど解体されていますので、

その当時の瓦かも知れませんね。

大発見かも知れない ( 笑 )。



大手門跡
徳島城2

徳島城3 徳島城4

月見櫓跡の石垣
徳島城6

鷲の門 ( わしのもん )】
徳島城5

大型の 薬医門 。徳島城が廃城となった後も残されていたが、1945年 ( 昭和20年 )
の徳島大空襲によって焼失。
1989年9月27日に徳島市制100年を記念して復元された。

東二の丸
徳島城7

本丸はまだこの上なのですが、徳島城は此処に天守が建てられました。
なぜ、二の丸に建てられたのかは定かではないらしい。

本丸東石垣
徳島城8

野面積みの石垣。

本丸
徳島城9

西二の丸へ
徳島城10

徳島城11

月見櫓跡の石垣もそうですが、弓櫓跡の石垣の角も算木積みです。


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お城巡り(35) |   2010年06月12日 いい色掲載


家内のお供で廻っているうちに

私も、少しずつ石垣やお城に興味がわいてきましたが、もう一つ

必ず狛犬にも目が行きます。


歴史上

信長に追われた室町幕府最後の将軍・足利義昭が

毛利氏の庇護のもと 「 鞆幕府 」 をおいた鞆の浦の 鞆城跡

現在は歴史民族資料館が建っています。


鞆城跡の石塁や石垣の刻印を見た跡

港を歩いてみると

力石が奉納されている神社の狛犬、

そこから少し西に行くと小さな祠にも狛犬。

沼名前神社にも狛犬・・・。

格好良い、綺麗な狛犬が座っていました。


港の狛犬と力石
鞆城 鞆城1

鞆城 ().

鞆城 (2)

鞆ノ津の力石 ( 説明板より ) : 福山市重要文化財。
江戸時代船積み荷物の陸揚げ・積み込みに従事する仲仕 ( なかし ) たちが祭礼の場
などでこの力石を持ち上げてその力と技を競った。 花崗岩製で主さ140kg~200kg
( 37~54貫目 )。 ここに3個、沼名前神社に20個ある。

鞆城 (3)

鞆城 (4) 鞆城 (5)

沼名前神社の狛犬と力石
鞆城 (6).

鞆城 (7).

鞆城 (8)

鞆城跡と石垣の刻印
鞆城 (9) 鞆城 (10)

鞆城 (11)

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お城巡り(34) |   2010年05月18日 いい色掲載


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