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山菜定食


松山に帰る機内で

「 おとうさん、食べるものどうだった? 」 と、家内。

「 ヘルシーだったよね! 」


ソウル周辺の韓国旅行から帰った友人たちの話では、プルコギやカルビ焼き肉等、

肉もたくさん出てきて、食べるものとても良かったと聞いていました。

が、私たちが行った世界遺産のツアーでは、

田舎を廻ったせいか食べ盛りの女の子が毎回の食事に、

少しがっかりしてました ( 笑 )。



でも、

韓国各地の朝定食や精進料理を味わうことが出来ました。



冒頭の写真は

海印寺近くで取った昼食。


伽耶山の一帯で採集した、ツルニンジンや様々な山菜ナムルで作る精進料理・山菜定食

山菜独特の香りとおかずの多さにびっくり。

予定されていた昼食時間内で、全部を味あうのが難しいほどの種類です。

これで家内と私、二人分です。

このお店には故小渕首相が食べている写真も掲示されていました。



【 プルコギ 】
プルコギ

【 韓国式朝定食 】
韓国式朝定食

下の写真はどこに入っているのか分かりませんでしたが、アワビのお粥です( 笑 )。

アワビのお粥

【 カルビ焼き肉 】
karub

【 ビビンバ 】
ビビンバ1 びびんば2

【 サムゲタン ( 蔘鷄湯 ) 】
サムゲタン

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石像

敦化門 ( トンファムン ) をくぐって仁政殿へ歩く途中に

大韓民国最古の橋とされる錦川橋。

その欄干の上に、なんとも愛らしい石獣が配置されている。

ゆっくりと観たいのだが、

ガイドさんはどんどん先に行ってしまう。

残念。


仁政殿の前にも、石獣は配置されている。

また、屋根にも色々な形の像が取り付けられている。


魔除けの意味もあるのだろうけども

観ていて、なんとなくほのぼのとしてくるのは私だけではないでしょう。


日本に渡ると

狛犬になったのだろうか???



【 愛らしい錦川橋の石像 】
石像1

石像2

【 上から敦化門、 熙政堂、 仁政殿の雑像 】
敦化門の雑像

熙政堂の雑像

仁政殿雑像


楽善斎1


昌徳宮の最後に廻ったのは、

宮殿の中で少し地味だと感じたほど落ち着いた雰囲気の楽善斎 ( ナクソンジェ )。


ウィキペディアによると、

日本の敗戦伴い王公族の身分と日本国籍を喪失して

一在日韓国人となった李垠・方子御夫妻が帰国を果たされたのは、昭和38年(1963年)。

以来、方子さまは平成元年まで昌徳宮 ・ 楽善斎で過ごされた。


楽善斎2

楽善斎3

楽善斎4

楽善斎5

楽善斎6


敦化門1


正宮である景福宮に対して離宮として創建された昌徳宮 ( チャンドックン )。

日本の宮家から嫁いだ李方子 ( まさこ ) さまも暮らしたこの宮殿は

韓国国内の宮殿の内、

最も創建時の面影を残しているという。


大韓民国最古の門といわれる敦化門 ( トンファムン ) をくぐると

中には、儀式の執り行われた正殿の仁政殿、国王が執務をしていた宣政殿、

王と王妃の寝殿だった大造殿等13棟の木造建築が現存している。


敦化門
敦化門2

昌徳宮入口の大きな門。 太宗12年 ( 1412年 ) 、昌徳宮の正門として創建された。

仁政殿
仁政殿1

仁政殿3

仁政殿4

宣政殿
宣政殿1

宣政殿2

オヤジバンド



朝、珈琲を飲んでいると家内が

「 お昼、奢ってあげようか、服も好きなもの買ってあげようか? 」

「 エッ?! 」

「 今日、誕生日でしょ 」



今日は隣町まで、お昼の食事と服を買いに行って来ました。

といっても、

スシローのお寿司とユニクロでヒートテックのインナーを買っただけですが・・・(爆)。

でも、これで十分。


ちょうど、

ユニクロが入っているエミフル松前のエミモール1階グリーンコートで

中年バンド 「 戸田道尚と一文無し 」 さんのライブ。

家内と二人で座って、40分ほど。


「 痛風ブルース 」 や 「 男の純情 」 等・・・。

なんとなく、可笑しさのなかに哀愁を誘う。

最後の曲目、

戸田さんが21歳の時の恋を詩に込めたという曲 「 未練 」 は、結構好きかも知れない ( 笑 )。 


56歳になりました。


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