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通勤で瀬戸内沿い通ると、

「 何か?に似ているな 」 と思いながら、目に入る大きな岩。


いつも、通りすがりに何気なく観ているものですから、

何処ら辺にあるのかも忘れてしまいます。

先日、運転に疲れたので休憩。

良く観てみると・・・。



モアイ像ですね。



イースター島にあるちょっとユーモラスな “ あの像 ” です。

なんとなく納得。


本物のイースター島のモアイ像は数十体が修復・復元されているが

そのうち島南部のアフ・トンガリキにある15体は、

日本の重機会社が無償で修復している。

また、使用後のクレーンもイースター島に寄贈しているとのこと。


一度、本物のモアイ像を見てみたい(笑)。



モアイ像

モアイ像に見えるのは私だけ?かも知れない。 アハハ!!。

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「 これも、たくさん野菜を摂れるから 」


モヤシ、キャベツ、人参、シメジ、エノキ、椎茸、レンコン、イカ、エビと豚肉

それにインゲン。


中弱火で15分ほど・・・。

出来上がり。


ポン酢で食べると、とても美味しい。

家内特製のニラ醤油で食べると、もっと美味しい(笑)。



タジン鍋を頬張る私を見ながら家内が


「 ネッ! これも簡単でしょ 」

「 ・・・。 」


タジン鍋1

タジン鍋2

タジン鍋 雑炊

野菜エキスたっぷりの残り汁で雑炊を作ると、これまた美味しい。

「 簡単だから見てて! 」

「 ええッ! 美味しいんか? 」


タマネギたっぷり、鶏肉、赤パプリカ、インゲン、シメジを盛りつけて

牛乳、粉チーズ、コンソメに塩こしょう、それにご飯。

レンジでチンで出来上がり。


ふうふう、しながら食べると・・・。


うまっ!!!

見た目よりあっさり。

とても美味しい。


この秋また、お城巡りを計画している家内が

ひとり自炊する私に “ 伝授 ”。


また一品、レパートリーが増えました ( 笑 )。



rizotto
「 塩煎餅が食べたいな 」

なんとなく、そう思った時につぶやいたものですから・・・。

昨夜、赴任先から帰ると家内が

道後・玉泉堂の塩餅煎を買ってくれていました。


パリッと一枚、

口に入れると

独特な軽い歯触りと何処か懐かしい素朴な塩味。

とても美味しい。


松山ゆかりの俳人、正岡子規が

東京根岸の家で綴った病床日記 「 仰臥漫録 」 の中にも、煎餅の記述がたびたび出てきます。

『 秋モハヤ 塩煎餅ニ 渋茶哉 子規 』


お店の栞に明治15年の創業とありますので、

子規と漱石が温泉帰り、

吟行しながら、この煎餅を一緒に食べたのかも知れませんね。



塩煎餅
適塾


2年ほど前、

「 とても良い雰囲気だから寄ってみて 」 と

友人から聞いていた大阪・船場のオフィス街にある適塾。


昨年から何度か訪れていますが

開館時間を過ぎていったり、工事中だったりと中に入ることが出来ませんでした。


先日、

会議の前に時間がありましたから

雨の降る御堂筋を歩いて、とても素敵な町屋の姿をとどめている適塾まで。

やっと入館できました(笑)。


奥に深く縦長、蘭学塾唯一の遺構。

中庭や客座敷、家族部屋のある一階、台所脇の階段を上がり

塾生が勉強のため、辞書を奪い合ったといわれているゾーフ部屋を抜けると

塾生が集った大部屋がある。


一世紀半前、

此所で幕末、明治維新を駆け抜けた橋本左内、大村益次郎、福沢諭吉等

多くの人たちが緒方洪庵から学んだのだと思うと

なんとなく、今の政治家と比較してしまいます。

そんなことを考えながら

しばらくの間、中庭の見える窓辺で胡座をかいて座ってみました。



適塾庭

適塾一階

適塾大広間

ゾーフ部屋 : パンフレットによると適塾における教育の中心は蘭書の会読でしたが、
この予習のために塾生が使用した辞書がヅーフ辞書(長崎出島のオランダ商館長ヅーフが
ハルマの蘭仏辞書に拠って作成した蘭和辞書)であり、当時は極めて貴重で適塾にも一部しかなく、
塾生はヅーフ部屋と呼ばれる部屋に詰めかけ、奪い合って使用した。
塾生の勉強は他の塾とは比較にならないほど激しいものがあり、福沢諭吉は自ら述懐して、
凡そ勉強ということについては、この上にしようも無いほど勉強したと言っている。

適塾1

適塾2

適塾3


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