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出張の帰り、FMラジオを聴いていると

ちょっと嬉しい話題。


ニューヨーク・タイムズの2015年に行くべき世界の52箇所 「 52 Places to Go in 2015 」 のなかで

日本では唯一 「 四国 」 が選ばれているのだそうだ。


写真は久万高原町の四十五番札所・岩屋寺が掲載されているとのこと。

記事の中では、

道後温泉も紹介されているらしい。

一千二百年の歴史がある四国の八十八カ所霊場、お遍路さんや遍路道・・・。

それを海外で評価されているのが、なんとなく嬉しい。


帰宅して、家内に話すと

「 凄い! 凄い! 」 を連発してました ( 笑 )。



道後温泉資料写真1

道後温泉資料写真2

道後温泉本館。 以前、撮した写真です。

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松山城2014-1


甲府から昨日、noboさんが来られましたので

長者ヶ平の広場で待ち合わせ、家内と三人で松山城に登ってみました。


寒い一日でしたが

観光客に混じり、3時間ほど掛けて本丸をくるり。

石垣がお好きだということで、家内と意気投合していました。


いつものように私は、

後を付いて写真を撮るだけですが・・・。

二人の会話に耳を澄ませていると、noboさんが石垣に上の方にある 暗渠 ( 排水口 ) の話。

新しい時代の石垣には、暗渠は飛び出しているものが多いらしい。

へえ~。

一つ知識が増えたようでなんとなく嬉しい ( 笑 )。


夕方になると、気温もぐっと下がってきました。

風邪を引かないよう、ご自愛下さい。



松山城2014-2

松山城2014-3

松山城2014-4

天主、櫓、扇の勾配の石垣もとても綺麗。

松山城2014-暗渠1

松山城2014-暗渠2

松山城2014-暗渠3

松山城2014-暗渠4

石垣から飛びだしている暗渠。

松山城野原櫓2014

野原櫓 ( のはらやぐら ) : 重要文化財 ( 建造物 )。
野原櫓は乾櫓とともに本丸西北を防備するとともに、その東にあった小筒櫓(跡)と本丸の北側を
防衛する重要な櫓。
日本で唯一現存する 望楼型二重櫓 で、天守の原型といわれている。
                        ( 松山城ホームページより )


もういっぺん



先日の報道によると

昨夏、火災で全焼した道後の 宝厳寺 ( ほうごんじ ) が再建されることになったという。


宝厳寺は鎌倉時代に時宗を開いた 一遍上人 ( いっぺんしょうにん ) の生誕地。

また、明治時代には正岡子規や夏目漱石ら文人にもこよなく愛された古刹、

ちょうど、“ 色街 ” の坂を上った先にあり

漱石や子規が温泉に入浴したあと、

手ぬぐい片手に、下駄を鳴らしながら境内を吟遊したのかも知れない。



昨年8月10日、火災により本堂と庫裏が全焼、

所蔵されていた国の重要文化財である 木造一遍上人立像 も焼失した。


檀家さんたちが中心になって

復興費に充てるため、

小さな起き上がりこぼし人形 「 もういっぺん上の写真 ) 」 を作って販売したり、

寄付を募っているのは知っていたが・・・。


支援の輪は全国に広がり、時宗の信徒だけでなく、俳人、観光客らの寄付も相次ぎ、

これまでに1億2000万円ほどが集まったらしい。

来年中には再建される見通しとのこと。


家内と好きな道後の町を歩くと、必ずお参りしているお寺さん。

再建のニュースはとても嬉しい。



素朴なデザイン、手のひら大の起き上がりこぼし人形 「 もういっぺん 」。

以前、私も一個だけ、買い求めました。


焼ける前の宝厳寺

宝厳寺 。 以前、撮した写真ですが左端に少し見える瓦屋根が焼けた本堂。

中ノ門



ここにかつて 中ノ門 が存在したのだそうだ。


「 中ノ門とは本丸の太鼓櫓の西側下にあったとされる門のことです。

様々な絵図に描かれていることから、その存在はほぼ間違いありませんが、

近代以降に解体 ( 破壊 ) されたため、

その位置、向き、門形式ともに不明になっていました ( 説明資料より )。 」


昨日、松山城本丸跡6次調査現地説明会に家内が行くというので

私も付いていきました。


10時半から行われた説明会には、歴史やお城好きの市民・五、六十人が参加。

その中に混じって家内も、

市教育委員会の職員さんの丁寧な説明に聞き入っていました。


中ノ門は調査の結果、礎石の数や城内の位置関係から

門形式は戸無門と同じ高麗門形式、大きさは幅約320㎝、奥行約210㎝。

北側が表、南側が裏だと分かったとのこと。



水受け

トレンチ8で確認された 石囲いの水受け

はばき石垣

孕んだ後ろの石垣を補強するための はばき石垣 も確認された。

石組溝

石材の規模が大きな石組溝も発見された。
この石組溝は大規模 ( 長大 ) なものだった可能性があるそうだ。
調査が待たれる。

NHK取材

NHKや地元紙の取材陣も来ていました。

本丸の梅

本丸、梅の花もほころび始めています。 もうすぐ春ですね。

松山城天守から


友人たちが、松山で忘年会をしたいというので

昼間は松山城を3時間程掛けて案内しました。

説明は当然、家内です ( 笑 )。


扇の勾配の美しい石垣群や天守からの眺望に堪能していました。


松山城1

松山城2

松山城3

松山城4

松山城5

松山城6

【 松山城天守の展示物より 侍の似顔絵

松山城7

松山城8

松山城二の重南の下見板張りの裏に描かれていたもの。
天守再建当時の大工が描いたと思われ、モデルは作事奉行であろうか、とのこと。
さて二枚目は、何を書いているのか分かりますか?
答えは、ブログの最後に。

松山城9

松山城10

松山城11

松山城扇の勾配

扇の勾配がとても美しい松山城本丸の石垣。

0139忘年会 0140カボチャプリン

松山城見学ツアーの後は、忘年会。
家内は案内のお礼にカボチャ焼きプリンを頂き、大喜びでした。
このプリンはとても美味しい。
とても高価 ( 一個380円 ) なので、我が家ではとても買えません ( 笑 )。


松山城 : 松山市の中心部である標高132mの城山 ( 勝山 ) 山頂に本丸があり、
裾野に二之丸 ( 二之丸史跡庭園 )、三之丸 ( 堀之内 ) がある広大な平山城。
大天守 ( 重要文化財 ) は三重三階地下一階の層塔型天守。
黒船来航の翌年落成した江戸時代最後の完全な城郭建築です。
また、 「 現存12天守 ( 弘前城、松本城、丸岡城、犬山城、彦根城、姫路城、松江城、
備中松山城、丸亀城、松山城、宇和島城、高知城 ) の中で、唯一、築城主として瓦には
葵の御紋が付されている。
大天守、小天守、隅櫓を廊下で互いに結び、武備に徹したこの天守建造物群は、
わが国の代表的な連立式城郭といわれている。
大天守の全高は、本壇から20m ( しゃちほこの高さを入れると21.3m )。
本壇は本丸から8.3mの高さがあり、本丸の標高は約132mであることから、大天守の標高は
約161mになる。
これは 「 現存12天守 」 の平山城の中では最も高い城郭です。
山の高さは、同じ平山城である姫路城の約3倍の高さです。
松山城のホームページ 『 松山城はここがすごい 』 から抜粋 )

二枚目の絵の答え
分かりましたか。私は家内の説明を聞くまで分かりませんでしたが、
座っている武士を上 ( 天井 ) から見た姿です。ちょんまげが分かりますか。

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