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三十三間堂1



靴箱に靴を入れて、そのまま入ろうとすると、靴を入れる白い袋が置いてある。

そう言えば、以前来た時は

みんな、袋に靴を入れて持ち運びながら仏像を拝観していましたね。



一緒に入った長男は

「 靴を持って行く人なんて、いないよ 」 と、笑っている。


そうだよね、とは思ったものの

通りがかったお寺の方に、何気なく

「 靴、ここ(靴箱)に入れていても無くならないですよね 」。


すると少し間を置き、神妙な面持ちで

「 聞かれたから、お教えするのですが、無くなることもあるんです 」。


間違えたのなら、間違えた方の靴が残る筈なのだが

それが、大概、残っていないのだという。

故意に取っていくらしい。


罰当たりなことだ。



ということで、

他の観光客を尻目に長男と私だけ、袋に靴を入れて拝観しました ( 笑 )。



姪の結婚式当日、長男が行ったことが無いと言うので

少し早起きして、三十三間堂に一緒に行って来ました。

僕は千体観音像の前に安置されている風神・雷神と二十八部衆が大好きです。



三十三間堂
三十三間堂2

三十三間堂3

三十三間堂4

鴨川

三十三間堂に行く途中、鴨川の桜もとても綺麗。


姪の結婚式
姪の結婚式1

姪の結婚式2姪の結婚式3

姪もとても素敵。良い結婚式でした。

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先斗町1



フリー切符のため、新大阪から快速に乗り換え。

JR京都線で火災等があったらしく、京都駅に一時間程遅れて到着。


先週末、

姪の結婚式で京都まで家内と行ってきました。

二人で新幹線に乗るのは何年ぶりでしょ。


宇都宮から来た長男を京都駅でかなり待たせましたが、二人は伏見稲荷へ。


僕は伏見稲荷は何度か足を運んでいますし、疲れたのでホテルに直行。

部屋まで、可愛いポーターさんが荷物を運んでくれました。

いつもビジネスホテルが多いですから

ポーターさんが付いてくれるホテルは久しぶり ( 笑 )。


少し休んでいると、

次男がホテルに着いたと連絡。

二人で近くの瑞泉寺や先斗町を散策してみました。


木屋町通りはちょうど桜祭り。

川面に風情あふれる桜が浮かび上がり、とても素敵。



夕飯は長男が予約していたおばんざい屋さんで合流。

久しぶりに家族が春の京都で揃いました。



木屋町通り 先斗町界隈
先斗町2

先斗町3

先斗町4

先斗町5

先斗町6

先斗町7

先斗町8

アベックが一定間隔で座っているのが 「 鴨川ルール 」 とのこと。

先斗町料理1先斗町料理2

先斗町料理3

先斗町料理5先斗町料理6

先斗町料理7

瑞泉寺
瑞泉寺1

瑞泉寺2

瑞泉寺3

1595年 ( 文禄4年 ) に高野山で自刃させられた豊臣秀次と三条河原の南西詰めで
処刑された一族の菩提を弔うため、豪商・角倉了以が1611年 ( 慶長16年 ) に建立した寺。
浄土宗西山禅林寺派。



浜松城1


浜松駅からゆっくり歩いて30分程。

市役所の向こう側に出世城と呼ばれた浜松城の天守が見えてくる。

先週、挨拶回りに浜松に行った際、

これまで、何度か登城した浜松城に行ってみました。

なんとなく懐かしい。


桜が咲き始めた二の丸の家康像を眺めながら

登城すると、大きな櫓門。


「 あれっ! 以前、来たときはなかったな 」


驚きながら門をくぐると、目の前に天守。

野面積みの石垣がとても綺麗。


今まで一度も入ったことのない天守にも登ってみました。


最上階からは良い眺め。

設置してあるパネルを見ながら、

有名な三方原古戦場やかつてあっただろう空堀等の位置を確認。


でも、ボランティアガイドさんに空堀の有無をお聞きすると

今は跡形もないらしい。

残念。


「 その代わり、時間があれば鎧掛松やパワースポットの東照宮を観て下さい 」

また、天気の良い日には東に富士山を臨むことができますとのこと。



浜松城2

浜松城3

浜松城4

浜松城5

高さ9.4m、幅11mの天守門、平成26年に復元整備された。

浜松城6

三方原の合戦から帰城した家康が鎧を脱いで掛けた松。

東照宮1

東照宮2

パワースポットの東照宮(引馬古城址)。日光、久能山と同じく家康を祭るお宮。

千人つか


小雨のなか、梅が咲き始めた城北公園を抜けて行くと

淀川の堤防に 「 千人つか 」 が建てられている。

碑文によると、

「 昭和20年6月7日、大阪大空襲による死者数万人中身元不明者千数百の遺体を

此処に集め家屋の廃材を以って荼毘に付す ( 一部抜粋 ) 」 とある。



昨年12月初め、母が突然、

堰を切った様に話し出した大空襲大惨事のことだ。



この日、学徒勤労動員された母たち女学生50人は

大阪陸軍造兵廠 ( おおさかりくぐんぞうへいしょう ) に行っていたらしい。

空襲が始まり、大半が防空壕に逃げる。

逃げ遅れた母たちは近くの建物に駆け込んだ。


地獄さながらだった。

みんなで頭を抱えて泣きわめき、空襲が終わって外に出ると

あたりは焼け野原。

防空壕に入った人たちも被災するなか

不思議なことに、母たちが逃げ込んだ建物は無傷だった。



記憶は曖昧なところが多いが、そんな話だった。



一昨日、挨拶回りも終わり、帰りの予約便まで少し時間があったので

大阪駅から市営バスに揺られてコトコト。

母の口から出た地名のバス停も通り過ぎた。


城北公園前で降りて

傘を差しながら、

公園内の大きな池畔を時計回りに歩いて反対側の土手を登ると

千人つかは直ぐに分かる。



手を合わせながら

母が空襲で命を落としていたなら、私は今こうして此処に立っていない。

なんとなく、そんな思いがよぎった。



淀川1

淀川2

淀川は大きな橋以外はこんな感じだったという。
川の両側にぽつりぽつりと家があって、
寮もここら辺りかなと、懐かしそうに話していた。

城北公園1

城北公園2

城北公園3

城北公園4

「 城北公園も街並みも変わったなあ 」 と母が写真を見ていた。

大阪バス路線

バスの路線図。
母の口からでた赤川、都島本通などの地名もある。




みかえり阿弥陀さま


「 永観、 遅し 」

ふりかえりざま、その方は、まっすぐ永観の眼を見つめられた。


永観堂禅林寺のご本尊は首を左にかしげ、ふりむいておられます。

ほんの少し開かれたお口。

お顔全体に漂う穏やかな微笑み。

それは遠い昔、

永観律師を励まされた時まま。

       ~~~ 永観堂 パンフレットから抜粋 ~~~



大阪本社出張の帰り、

どうしても阿弥陀さまを拝みたくなって、昨日、久しぶりに京都に足を延ばしました。

京都駅から市バスでコトコト。

南禅寺・永観堂道で下車、5分ほど歩くと総門前に着きます。


阿弥陀さまがまつられる阿弥陀堂は

釈迦堂や浄土宗の開祖・法然上人をまつる御影堂などを拝観しながら

廊下を歩いて行ける最終にあります。


「 もみじの永観堂 」 とその名を知られ、

紅葉の季節は大勢の参拝客で賑わうでしょうが、

昨日は参拝客も少なく、ゆっくりと阿弥陀さまを拝観することが出来ました。



お堂の中にも書いてあります。 みかえり阿弥陀さまのお姿は

遅れる者を待つ姿勢。

思いやり深く廻りをみつめる姿勢。

自分自身をかえりみ、人々とともに正しく前へ進む姿勢。



「 心の広い人になれますように 」 と、願いながら

合掌。


還暦を過ぎた男が今更、願うことではないですね ( 笑 )。



【 総門と中門 】
永観堂1

永観堂2

中門の拝観受付で拝観料600円を支払って中に入ります。

【 大玄関と唐門 】
永観堂3

永観堂4

大玄関で靴を脱ぎ、中を拝観しながら阿弥陀堂まで廊下を歩きます。

大玄関の右には唐門があります。
天皇の使いが出入りするときに使われた勅使門で内側に盛り砂が作られています。
勅使はこの盛り砂をを踏んで身を清めてから中に進んだ。

【 釈迦堂 】
永観堂5

永観堂6

方丈。室町時代の建立とされ、本格的な書院造り。

【 阿弥陀堂 】
永観堂7

ご本尊がまつらられる本堂が階段を上がった所にある。
外からは、みかえり阿弥陀さまのお姿を見ることは出来ない。

【 多宝塔 】
多宝塔1

多宝塔2

上部は円形、下部は方形の二重塔。
多宝塔から京都の街並みが一望できる。

【 境内と三鈷 ( さんこ ) の松 】
境内1

境内2

境内3

境内4

境内5

三鈷の松

紅葉の季節は綺麗でしょうが、すっかり冬支度の境内。
境内に葉先が三つに分かれる珍しい松の古木・三鈷の松があります。
この松の葉を持っていると三つの福が授かると言われているとのこと。

参拝の帰り、売店で阿弥陀さまのお写真 ( 冒頭の写真 ) を買い求めると
松の葉を二葉、頂きました。

合掌。



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